雨宮まみさん(ライター)が語るイエロー・モンキー

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TVBros.(テレビブロス)(2016年/東京ニュース通信社)に掲載された、作家・ライターの雨宮まみさんのコメントをご紹介します(以下に抜粋)。雨宮さんは「こじらせ女子」という流行語を生み、多くの書籍やコラムを執筆されていました。イエロー・モンキー初掲載となったTVBros.の再集結特集号では、イエロー・モンキーのファンとしてコラムを寄稿。イエロー・モンキーとの出逢いや印象、再集結についてなど、雨宮さんのイエロー・モンキーへの思いが語られていました。

※2016年11月17日に急逝の報道がありました。ご冥福をお祈りいたします。

このまま一生離れないでほしい。この音楽と共に生きたい。

最初は、「なんて気持ち悪い歌い方をする人なんだろうと思った。初めて「熱帯夜」を歌番組で聴いたときの感想だ。しかし、そのあとずっとその声が、メロディが耳から離れず、「気持ち悪い」は「強烈に好きになりそうな予感」への、ただの拒否反応だったのだと思い知った。好きになるのが怖かった。どれだけ夢中にさせられるか、無意識のうちに感じていたのだと思う。夢中になってからは、吉井和哉に憧れてスキンヘッドにもしたし、海軍のセーラー服(吉井和哉がPVで着用している)を買って着たりもしていた。吉井和哉のように美しい人になりたいと思っていた。

見た目がかっこいい、声がいい、バンドとしてかっこいい、姿勢もかっこいい。「JAM」を出したときも、初年度のフジロックで冷たい対応をされたときも、全部知ってる。そうした苦労や努力を好きなわけじゃない。そんなときでも、いつでもイエローモンキーは不器用なほどまっすぐで、輝いていた。私はスーパーの試食配りのバイトをしながら、一時間の昼休みにはずっとイヤホンで『FOUR SEASONS』を聴いていた。すがるように、たったひとつ信じられるものはこれなんだと思うように、聴いていた。いつか何者かになれるかなんて、わからなかった。でも、イエローモンキーを聴いている間は、希望の光が見えた。

かっこいいとか、心の支えとか、そういう部分から離れてイエローモンキーを評価できるようになったのは「BURN」のあとからだった。吉井和哉の言葉のセンスに敵う人がほかにいるのかと思った。リミッターが外れた感じがした。あのときに、イエローモンキーは私のアイドルではなく、尊敬する人たちになった。吉井和哉がソロになってからも、その言葉のセンス、メロディのセンス、すべてが他の誰も追いつけないレベルにあるとずっと思っていた。

活動を再会(誌面上でこの表記になっています)してなお、音楽性をアップデートしていけるバンドの数は少ない。けれど、イエローモンキーはその数少ない例のひとつになるだろう。そして、吉井和哉の書く詞は、これから先もずっと「あんな一行が書けたらもう死んでもいい」と思う、私の目標のような詞であり続けるだろう。

人の心を揺さぶる法則は、たぶんある。きっとそれは、すごく簡単なんだ。けど、イエローモンキーの音楽が揺さぶってくるのは、心の浅い部分じゃない。誰にも言ったことのない、自分でもなんて説明したらいいのかわからない、整理のついていない、心の真っ暗な部分に、直接届く音楽だ。刺さったら、抜けない。抜かないで欲しい。このまま一生離れないでほしい。この音楽と共に生きたい。

TVBros(テレビブロス)(2016年/東京ニュース通信社)より抜粋